Boxing
4階級を制覇して史上最強の女子プロボクサーと言われ、今はトレーナーとして男子も女子も指導しているアン・ウルフさんの近況です。深刻な不況の影響で自身の経営するジムの存続がピンチにおちいったり、看板の男子プロボクシング無敗のエースジェームス・カークランド選手が別のトレーナーのもとに移ったりと、悪いニュースが続いたこの一年間でしたが、ジェームス・カークランド選手が「アン・ウルフトレーナーから離れたのは間違いだった」と非を認めてウルフさんのもとへ帰り、ジムの子供たちと一緒に汗を流す姿がメディアで公開され、ウルフさんのオオカミ軍団は健在であることがわかりました。
カークランド選手はウルフさんのコーチを受けながら連戦連勝の破竹の勢いだったにもかかわらず、つまらないことで投獄されてその進撃は一旦停止。模範囚として刑期を早めに終えて昨年戦線復帰しましたが、その時になにを思ったか突然ウルフさんとのトレーナー契約を打ち切ったのです。
そして、数ヶ月後(今年の4月)石田順裕選手と世界王座挑戦権をかけて戦いましたが、それまで27戦全勝であったカークランド選手は石田選手の前になんと1ラウンドTKOで敗れ去り、「今年最大の大番狂わせ」「石田のワンツーに何も出来なかったスター候補」「カークランドに何が起こったのか」とボクシング界はどよめきました。
衝撃の一戦についていろいろ憶測が飛ぶ中で、カークランド選手は「新しい環境は思っていたものとまったく違い全然オレには合わなかっんです。なにかがおかしいのは分かってました。」と自分の判断の間違いを認め、ウルフジムに戻りたいと電話をかけたそうです。ウルフさんの答えは「離れたことなんかなかったじゃない」。
「うちのジムで練習している子は刑務所送りになってもまたジムに戻って来ます。ジムはいつでもオープンです。ウルフジムは単なるボクシングジム以上のものなのです」と語るウルフさん。
ウルフパック名物のハードコアな練習によく耐え、10日間に4人のアバラ骨を叩き折るという過激なスパーリングで生き返ったカークランド選手は、6月にはボディーへの強打で初回KOを奪い、7月にはラスベガスで2回TKO勝利、ボクシングファンから再び注目を集める存在になっています。
ウルフさんは若くして両親を亡くし路上生活者となって何度も警察のお世話になる青春をおくっていました。ある日、ボクシングで立ち直ろうと思ったウルフさんはジムに入門を申し込みに行きますが「女には教えない」と冷たく断わるコーチ。けれども「あたしを弟子にしてくれたら絶対によそには行かないから」というウルフさんの言葉に、いままで何人もの選手を育てながらいいところで移籍されるという経験を繰り返していたコーチは考え直します。
そのコーチが動画の最後に出てくる白髪で青いタオルを肩にかけている人、ドナルド・”ポップス”・ビリングスリーさん。彼はウルフさんの才能を磨き、トップボクサーに育て上げて栄光の座をつかみました。『ミリオンダラーベイビー』そのままみたいな本当の話。
その、ビリングスリーさんが目をかけていたもうひとりのトップボクサーがジェームス・カークランド選手。かつてのウルフさんと同じようにストリートの厳しい環境で生きている少年でした。ビリングスリーさんはカークランド選手の将来のためには、自分よりもずっと若いアン・ウルフさんこそがそのトレーナーにふさわしいと考え、カークランド選手が20才になるぐらいからは彼女にその将来をまかせるのでした。ウルフさんは期待どおりにカークランド選手を世界1位にランクされる強いボクサーに育てますが… 。
カークランド選手がウルフパック軍団を離れてベテランのケニー・アダムズトレーナーのところに行ったときは「アン・ウルフにはトレーナーとしての経験が少ないから仕方ない」「ウルフジムは基礎体力を付けるにはいいけど世界王者となるための微妙な仕上げをするにはアダムズのところに行くのが当然」などという声が多数派だったボクシング界は、カークランド選手が敗北すると「アダムズは年だからだめ」といい、復帰後のカークランド選手のコンディションの良さを見ると「やはりカークランドにはウルフジムが合ってる」と言い出しました。
典型的な後出しジャンケンですね。人の言葉とは勝手なものです。無敗の選手が負けた時には必ずそれなりの理由がありますが、たいていの場合はそれは当事者にしか分かりません。負けた理由も、負けた苦しみも、復帰までの苦労も、本人とその一番近い人にしか分かりません。
しかし、わたしたちは、分からなくても、分からないからこそ「実際は何だったのだろう、何が起こっているのだろう」と心ひかれます。
ビリングスリーさんとウルフさんとカークランド選手の長い長いストーリー。2011年8月現在、カークランド選手はWBCミドル級24位。この先のお話は to be continued (まだまだ続きます)。
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